医学部予備校で一生付き合える仲間ができた

2浪して、医学部に行きました

2浪して、医学部に行きました。
浪人の1年目はそれほど辛くはありませんでした。
それでも、2年目になるとプレッシャーを感じるようになりました。
予備校に来ている人たちくらべて、自分は1歳年上なのだと思うと、焦りを感じます。
1年目に一緒に勉強した仲間は、みんな大学に合格していました。
焦っていたせいか2年目の1学期は成績が落ちていきました。
1年目に一生懸命勉強して、成績が上がっていた文系の科目の成績がダウンした時はさすがにショックを受けました。
私は高校の時から英語と社会が苦手で、その2科目のために全教科の総合点がいつも下がっていました。
浪人した時は、英語も社会もある程度得意になっていたのですが、2年目にまた成績が下がってしまいました。

医学部を目指して予備校での面接練習

医学部を受験するためには、試験の成績もそうですがコミュニケーションに強くなくてはいけません。
医学部受験は様々な科目を試験科目に採用している大学がありますが、どこの大学を受けても面接はほぼ避けては通れません。
医師になる人間として学力と同様に人間性も見られていることの証左ですが、面接の時間は長くて15分でありその時間に自分のいいところを出し切らなくてはなりませんので、必然的に練習を要しました。
私は予備校に通っていた頃初めて面接の指導を受けたのですが、医学部と一口に言っても様々な大学がありその大学ごとに独自の傾向で試験の問題を設けている、ということをそのとき初めて知りました。
それまでは医学部には同じような素養が求められ、面接の場に置いて聞かれることも共通だと思っていたのです。
予備校の講師の先生が言うことには、その大学ごとに求めている人材は微妙に異なるということでした。
具体的には首都圏の大学では最も医師に向いた気質の学生を見つけることを重視していると言いますが、地方においては地方で医療を頑張ってくれるやる気にあふれた人材、そして誰とでもコミュニケーションをとれる人材を求めているのだと言いました。
これが正しいのかは未だにわかりませんが、確かに中央に比べ地方においては研究よりも臨床を行う医師の確保が急務になっている以上は仕方のないことなのかもしれません。
私は人前で話すのが決して苦手では無かったですし、元から生まれ育った地元で医師をして暮らしていきたいと考えていたので迷いなく地元の大学対策を始めました。
この時に嘘があると実際に質問された際に言いよどんでしまう危険性があります。
もしスラスラ答えられたとしても心にもないことを話していれば試験官の先生はそれを見抜いているのだと入学してから知りました。
ですので、付け焼き刃な模範解答の暗記は愚策と言えるでしょう。
本心から思っていることを話すことが存外、合格への近道なのかもしれません。
ネットで見た情報では私の受験した大学は受験生に対し手厳しい質問を投げかけてくるともっぱらの噂でした。
しかし、予備校でどれだけ手厳しい質問に備えて準備しようとも準備していないところから巧妙に聞かれるもので、試験官の先生方と話していると心の底に溜まった偽善を剝ぎ取られていくような気がしました。
個人的には後で振り返ってもマズいと思った受け答えがあり、それもあってすっかり落ちたと思った私は内心自暴自棄になりながら思い出して答えるのを止め、思ったことを口にしました。
かなり乱暴な言い方をすれば、試験官の先生たちと15分ざっくり話してきただけだったのです。
しかし、それでも合格することが出来ました。
その時私が思ったのは医師になる人材を求めるというのはこういうことなのだと思いました。
模範的な学生はもちろん理想ですが、医師となって働いたときに関わりたいと思う、そんな人材を求めていたのだろう、と今では思えます。
私も予備校の勧めで国立私立問わず6つの大学の医学部を受験しましたが共通で懐いた感想は、落とすために面接試験を採用している大学は無い、ということです。
きっと、どこの医学部であっても学力試験がもちろん最も重視され、コミュニケーションにあまりにも難がある学生でなければあとはおまけ程度の点数加算に留まるのかもしれません。
しかし、医学生になった今、一緒に居て気持ちがいい人たちとやがてチームを組んで医療を行いたいと考えるようになりました。
医師は医療チームのトップに必然的に据えられます。
その時に周囲と協力して医療を進められるコミュニケーション能力を磨いているひと、面接を苦にしないひとにこそ医師になるべきだと思いました。
その練習を浪人時代から予備校などで取り組み、過去のデータを利用して上手く受験を乗り切って欲しいと、後輩には強く祈ります。

2浪して、医学部に行きました / 予備校で仲間ができました / 二人とも合格したので、本当に嬉しかったです